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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)2866号 判決

理由

一、当事者間に争のない事実

原告が証券業を営んでいること、原告が昭和三六年二月一〇日被告千田を証券外務員として雇傭したこと、証券外務員は、顧客に対し証券取引を勧誘し、その取引にかかる代金ないし証券の授受をすることを職務としていること、被告二郎及び同吉松は、同日原告との間で被告千田が故意、過失または懈怠によつて原告に損害を及ぼしたときは各自被告千田と連帯してその損害を弁償する旨の身元保証契約をしたこと、被告千田は証券外務員として原告会社池袋支店に勤務中昭和三七年二月一日田村から同人所有にかかる原告発行の投資信託受益証券(第三四回D一〇七五二―一〇七七一、一〇口券二〇枚)を騙取しようとし、田村の使用人訴外清盛冨士子に対し田村から右受益証券を買替えることの承諾を得た旨虚偽の事実を申向けて同女から右受益証券を受取り騙取したこと、原告が田村から同月二四日頃被告千田の田村に対する右不法行為に関し使用者として右受益証券の返還または一〇〇万円の損害賠償をすべき旨の請求を受け、同年三月二七日損害賠償として七五万円を田村に支払つたことはいずれも当事者間に争がない。

二、原告の被告千田、同吉松に対する第一次請求について

(一)  原告は、昭和三七年二月下旬被告千田との間で同被告の原告に対する損害賠償額を一〇〇万円とする旨和解をし、かつその金員を消費貸借の目的とする旨の契約を結んだと主張するが(請求原因(四))、原告と被告千田との間で成立に争ない甲第三号証、証人守尾勝彦の証言によつてもこの事実を証するに足らず、その他右事実を認めるに足る証拠はない。もつとも、甲第四号証には、被告千田が同年三月二日原告から一〇〇万円を弁済期同月三一日として借受けた旨の記載があり、この記載は、契約時期は別として右主張にそうものではあるが、同号証における被告千田の署名捺印が同被告によつてされたものであるとする右証人守尾の証言は後記証拠に対比して措信できず、被告千田の供述および同供述によつて真正に成立したものと認める乙第一号証の二、三を総合すると甲第四号証に記載されている被告千田の署名捺印は、同被告によつてされたものではなく、同被告としては右書証について全く関知していないことが認められるから、同号証をもつて事実認定の資料とすることはできない。なお、被告千田の供述によると、却て原告主張のような内容の契約がなかつたことが認められるのである。

(二)  次に、原告は、昭和三七年三月二日被告吉松との間で、同被告が被告千田の準消費貸借上の債務一〇〇万円について身元保証人として支払義務を認め、その債務の担保として原告主張の物件につき抵当権を設定する旨の契約が成立したと主張するが(請求原因(五))、前項記載のとおり被告千田が準消費貸借上の債務として一〇〇万円の債務を負つたことが認められない以上、原告の右主張も失当という外ない。

なお、前記証人守尾は、被告吉松に対し、被告千田の不法行為に関して田村から原告に一〇〇万円の損害賠償請求があるので身元保証人として責任を負つて貰いたい旨述べて甲第四号証に被告吉松の署名捺印を得た旨証言し、甲第四号証には被告吉松が被告千田の原告に対する一〇〇万円の債務について保証し、かつその債務の担保として原告主張の物件について抵当権を設定する旨の記載があり、しかも同号証に記載してある抵当物件のうち古河市大字大山字水神下一八二四番地所在田一反歩について抵当権設定登記がされていることが成立に争ない甲第五号証によつて認められるので、これらのことから原告・被告千田間に準消費貸借契約はなかつたにしても、被告吉松としては、原告に対し被告千田の不法行為によつて原告が受けた損害を身元保証人として支払う趣旨で一〇〇万円の支払義務を認め、その債務の担保として原告主張の物件に抵当権を設定したのではないかと一応は察せられるのであるが、右守尾証言は後記証拠に対比して措信できないし、また甲第四号証は後記のように真正に成立したものとはいえないから事実認定の資料とすることはできない。却て、証人鳥波チヨ、同元良正守の各証言、被告吉松の供述および同供述により真正に成立したものと認める乙第二号証の三を綜合すると、原告会社社員である訴外守尾勝彦、同元良正守外一名は、昭和三七年三月二日被告吉松宅を訪れ、右守尾が被告吉松に対し同被告には金員の請求はせず迷惑をかけないが、原告として田村に一〇〇万円を支払うため原告として書類をととのえておく必要上署名を願いたいと述べ、甲第四号証の一枚目は示さず、当時白紙であつた二枚目を差出してその中央附近に署名を求めたこと、そのため被告吉松としては右守尾の言を信じ同号証の内容を知らないで指示された個所に署名したこと、その署名後は右守尾が同被告から印鑑を受取り所要の個所に捺印したこと、その際甲第四号証の一枚目の弁済期の記載もなかつたこと、しかも同日右守尾等原告会社社員から被告吉松に対して原告が被告千田の不法行為により受けた損害の賠償を求めるとか、その損害賠償額を消費貸借にあらため同被告所有の不動産について抵当権の設定を求めるという趣旨の申出が全くなかつたこと、甲第四号証の一枚目の弁済期の記載二枚目の被告吉松の署名捺印以外の部分、すなわち保証人兼担保提供者なる文字、抵当物件の表示等は後日被告吉松以外の者によつて同被告の了承を得ることなく書加えられたものであること、甲第五号証は原告会社社員がすぐに返すから貸してくれと言つて被告吉松から受取つたに過ぎないことが認められるので、結局甲第四号証は被告吉松の意思に基かずして作成されたものと認める外なく、また同被告が被告千田の不法行為に関して原告に対し一〇〇万円の支払義務を認め抵当権の設定を約したということもできない。

(三)  してみると、原告の被告千田および同吉松に対する第一次請求は理由がないものといわなければならない。

三、原告の被告千田同吉松に対する第二次請求および被告二郎に対する請求について

(一)  前記一記載の事実によると、被告千田の内心の主観的意図は別として同被告は原告の証券外務員という立場で訴外清盛冨士子から前記受益証券を受取り、そのため田村に損害を与えたのであるから、その損害は、原告の使用者たる被告千田において原告の事業を執行するについて不法に田村に加えた損害であるというべく、しかして原告は、使用者として田村に対し損害賠償として七五万円を支払つたのであるから、原告は、その七五万円について被用者としての被告千田に求償することができる。

したがつて、被告千田は、原告に対し七五万円およびこれに対し原告が田村に損害賠償として七五万円を支払つた後である昭和三七年四月一日以降支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

(二)  次に前記一の身元保証契約によれば、被告吉松、同二郎において、被告千田が右(一)に述べたところによつて負うことになつた右債務につき身元保証人として履行の責を負うことはいうまでもない。

しかして、被告千田の監督について原告に過失があつたことを認めさせる証拠はなく、その他被告吉松、同二郎の身元保証人としての責任および金額を減ずるを相当とする事情も存しないので、被告吉松、同二郎は原告に対し各自被告千田と連帯して七五万円およびこれに対し原告が田村に損害賠償として七五万円を支払つた後である昭和三七年四月一日以降支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うに義務がある。

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